沖縄にとってOISTとは?〜新型コロナウイルスによる危機に立ち向かう〜
沖縄科学技術大学院大学(OIST)設立10周年の節目にあたり、学長のピーター・グルース博士が、経済・教育・環境・健康の4つのテーマにおけるOISTと沖縄社会とのつながりについて振り返ります。シリーズの最終回は「新型コロナウイルス感染症」がテーマです。
沖縄県は、他都道府県の例に漏れず、新型コロナウイルス感染症の流行により、深刻な影響を受けてきました。特に、国際的に観光地として知られる沖縄では、多くの住民が経済的にも追い打ちをかけられています。その一方で、国内からの観光客の移動によって感染拡大に拍車がかかり、沖縄県の新規感染者数の割合は東京を上回ることもありました。特に、小さな離島では、高齢者の割合も高く、病床数や医療品等の物流が限られているため、医療体制に相当な負担がかかります。
沖縄科学技術大学院大学(OIST)の学長兼CEOのピーター・グルース博士は、OISTはパンデミック発生当初から沖縄県と協力し、新型コロナウイルス感染症による危機に対処するための学術データや物資の提供に努めてきたと述べます。「パンデミック発生から最初の数ヶ月間は、保護具からウイルスがどのように拡散するかの知識まで、世界中であらゆるものが不足していました。」
沖縄県に最初の感染者が入り、2020年4月に県内の感染者数が急増した際には、県が必要な対策を考慮する際の参考にしていただくために、OISTの研究者が、様々な封じ込め対策を想定して感染拡大を予測したモデルを提供しました。
同時期には、世界的な供給網のひっ迫により、手指消毒剤や個人用保護具が不足しました。これを受けて、複数の研究ユニットが結集して資源や専門知識を活かし、最前線で働く医療従事者や地域社会で必要とされる物資を製造しました。博士課程学生2名が率先して行った取り組みでは、OIST関係者が製造したアルコールジェル900リットル以上を県立中部病院や恩納村などの地域社会に届けました。
医療従事者のために、コロナウイルスを含んだ飛沫やエアロゾルを効果的に防ぐことができるフェイスシールドを3Dプリンターで作製し、800枚提供しました。沖縄県から要請をいただき、更に1350枚を配布、また、OISTの研究チームは、1日に最大400枚のN95マスクをUVC(紫外線C波)で清浄する充電装置を製作し、地元の病院に寄贈しました。
中でも特にグルース学長が強調するのは、現在も継続中のPCR検査施設の立ち上げと運用です。学内関係者だけでなく、沖縄県からの委託による検査も行っています。OISTのPCR検査施設は、新型コロナウイルス感染症の検査を行うために県内に3番目に設置された施設でした。
「この2年足らずで5万件以上のPCR検査を行ってきました。PCR検査は、コロナウイルスの蔓延を監視・予防するために非常に重要な役割を果たしています。現在、沖縄県のご協力の下、最前線で活躍する医療従事者や救急隊員のほか、介護施設の利用者や高齢者施設の入居者など、感染リスクが高い地元の方々に集中してPCR検査を実施しています。」(グルース学長)
OISTでは、ウイルスに対する抗体の有無と量を調査するために、指穿刺で血液検査を行う独自の方法を構築しました。ワクチン接種が開始される以前は、抗体があるということは新型コロナウイルスに感染したことがあることを意味したため、県内の流行状況を測定する方法として利用されていました。
抗体検査チームは、2020年8月に学内関係者を対象に予備研究を行った後、沖縄県と協力して、新型コロナウイルス感染症以外の理由で入院した患者から採取した4500検体を検査しました。また、消防士、動物医療従事者、救助隊員など、最前線で働く人々の感染リスクが高まっているかどうかを調べる小規模な調査も行いました。
そして今年、OISTの研究チームは、那覇市医師会のご協力を得て、新型コロナウイルスワクチンの長期的な免疫効果を研究しています。ワクチンを接種した96名の沖縄県民から採取した血液検体を、年間を通して5回分析し、ウイルスを防御する抗体と、「T細胞」と呼ばれる免疫細胞の量の変化を追跡しています。
「T細胞の量や抗体価は、時間の経過と共に減り始めるため、公衆衛生政策においてこの研究は非常に重要です。この変化を追跡することで、政府がワクチンのブースター接種(3回目接種)が必要な時期を判断する際に役立ちます」(グルース学長)
さらにOISTの研究チームは、今後発生する新型コロナウイルスの新たな変異株に対応するべく、独自のワクチン開発にも取り組んでいます。
その他にも、検査室が無しで検体の中の抗体の有無や量を迅速かつ安価に検出できるチップの開発や、N95マスク、サージカル(外科手術用)マスク、さらには手作りの布製マスクを滅菌して有効性を高めることができるマスクチャージャー(清浄用充電装置)の開発なども行いました。さらに基礎的なレベルでは、新型コロナウイルスの形状や、咳のような乱流の挙動を研究し、ウイルスがどのようにして拡散し、新しい宿主に感染するのかを解明しようとしています。
最後にグルース学長は、科学的な研究に加えて、POWERクラブ(Promotion of Okinawa Welfare, Education and Resources club)の活動にも言及しました。OISTの学生ボランティアによって運営されるPOWERクラブは、日常的にキャンパス内で寄付を集める活動を行い、食料品やマスク、おむつなどの必要物資を集めています。これらの物資は、新型コロナウイルス感染症の影響で失業したり、収入を失ったりした恩納村の住民に配布されています。本年はこれまでに、米やパスタ、豆類など150キログラムの食料が集まりました。
グルース学長はこう締めくくります。「今回コロナ禍で明らかになったことは、教員から学生まで、多くのOIST関係者が何らかの形で地域社会に貢献したいと考えていたということです。沖縄県や地元のNPO団体との建設的なパートナーシップを通じて、新型コロナウイルス感染症に関する研究を推進し、地元沖縄の地域社会への貢献に努めることができました。」
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