実行機能を高める脳回路を発見
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[共同プレスリリース]
発表のポイント
- 海馬新生ニューロンのはたらきを抑えたマウスでは、実行機能のひとつである「衝動的な行動を抑制し環境変化に柔軟に対する逆転学習能力」が低下していることが分かりました。
- 独自に開発した14テスラ -逆転学習fMRI装置を用いて、海馬新生ニューロンのはたらきを抑えたマウスでは、逆転学習中の海馬局所回路の安定性が低下していることを見出しました。
- 本研究成果は、環境に適応して柔軟な行動をとっていくための神経基盤である認知的柔軟性をもたらす神経回路メカニズムの解明につながると期待されます。
概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科の久恒 辰博准教授、李 昊炜学術専門職員/大学院生、田村 理佐子大学院生、櫻井 圭介特任助教ら、量子科学技術研究開発機構の住吉 晃主任研究員、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の山本 雅教授、疋島 啓吾 MRIスペシャリスト(研究当時)、理化学研究所 脳神経科学研究センターのトーマス・マックヒューチームリーダー、田中 和正基礎科学特別研究員(研究当時、現OIST准教授 )らによる研究グループは、脳のはたらきのひとつ「実行機能(注1)」の発現において、前頭前野(注2)だけでなく、海馬(注3)における新生ニューロン(注4)が寄与していることを明らかにしました。海馬新生ニューロンを含む局所回路(注5)は、海馬回路の長軸方向(背側と腹側間)の安定性を高める機能があり、過去の経験に影響を受けた衝動的な行動を抑制し、新しい環境に適した行動を形成する認知的柔軟性の発現に貢献していることを発見しました。
本研究成果は、環境変化に臨機応変に対応し、新しい環境に対して柔軟な行動をとる認知柔軟性をもたらす神経回路メカニズムの解明につながると期待されます。実行機能が低下する脳に関係するアルツハイマー病などの病気においても、海馬新生ニューロン回路を強化することで、新しい治療法の開発につながる可能性があります。
発表内容
実行機能とは、子どもの発達の中で次第に獲得されていく大切な脳のはたらきのひとつです。これまで、実行機能の神経基盤はヒトの知性にも関わる前頭前野にあると考えられてきました。目標を設定して環境の変化を見極めるとともに自分自身もうまく制御して計画を実行していく、数ある認知機能の中でも司令塔ともいえる機能です。実行機能の中でも反応の抑制、作業記憶、認知的柔軟性の3つは、中核的な機能であると考えられており、ヒト以外の哺乳動物においても進化の過程でこの3つの実行機能が備わっています。
ヒトを含む哺乳動物の海馬では、成体になっても新しく神経細胞(ニューロン)が生まれることが知られています(図1)。
海馬の新生ニューロンは、海馬回路に新たな流動性を付与するとともに、複雑な認知機能の発現に貢献していることが分かっていますが、実行機能の発現における新生ニューロンの具体的な寄与については、これまで不明のままでした。
本研究グループは、新生ニューロンの機能を、完全ではないものの有意に抑えることができる新しいモデルマウス(NBN-TeTX、注6)を開発し、Morris水迷路逆転学習課題(図2)や、条件刺激と報酬の関係を学ばせるオペラント装置を用いたGo/Nogo課題(図3)を実施しました。その結果、海馬新生ニューロンが実行機能の発現に寄与していることを明らかにしました。
次に、独自に開発した逆転学習fMRI装置(注7)を用いて、逆転学習中の海馬脳活動を記録しました(図4)。
対照群である普通のマウスでは、逆転学習中の海馬活動は限られた領域においてのみ観察されていましたが、新生ニューロンの機能を阻害したマウスにおいては活動する領域が拡がるとともに脳活動(BOLD信号増加率)も異常に高まっていることが分かりました。この傾向は、背側の海馬において顕著でした。
さらに、静止期fMRI解析(注9)を行いました。海馬新生ニューロンのはたらきを抑えたマウスでは、海馬歯状回の長軸方向(背側と腹側間)の協調的な機能連結が低下していることを見出しました(図5)。過去に蓄えられた記憶情報からの干渉を受けてしまうために、作業記憶能力が減衰したと考えられました。
本研究結果は、海馬新生ニューロンによって駆動される海馬新生ニューロン回路が、海馬局所回路の回路バランスを保つことで広範囲な海馬回路活動をコントロールし、さらに大脳新皮質などとの神経回路連携をサポートすることによって、環境の変化を把握して慣れによる行動を抑制し、臨機応変に適応して柔軟な行動を発現することに貢献したことを示唆しています。本研究成果は、認知柔軟性をもたらす神経回路メカニズムの解明につながると期待されます。
今後の展望
認知的柔軟性の脳内メカニズムを知ることは、知性を持った人工知能(生成汎用AI)の開発においても欠かすことができません。有名なアインシュタインの言葉に、”The measure of intelligence is the ability to change.(知性の尺度は、変化する能力で測ることができる)”があります。また、実行機能は様々な脳の病気において低下してしまうことが知られています。アルツハイマー病などの認知症の症状進行の過程においても、認知的柔軟性が低下していく事が多数報告されています。海馬新生ニューロン回路を強化することは、これらの実行機能が低下する脳に関係する病気の新しい治療法の開発につながる可能性があります。
研究助成
本研究は、日本学術振興会 新学術領域研究(研究領域提案型)(25115004)「哺乳類の脳機能老化メカニズムの解明を通じた記憶ダイナミズムの理解(研究代表者:久恒 辰博)」、同新学術領域(公募研究)(22120505)「アダルトニューロジェネシスによるヘテロ脳回路の動的アセンブル(研究代表者:久恒 辰博)」、同基盤研究B(21H02152)「神経細胞の生存を支えるレトログレードシグナルの解明に関する細胞工学研究(研究代表者:久恒 辰博)」、JST 先端計測分析技術・機器開発事業 「超高磁場NMRを活かすマウス用MRIユニットの開発(研究サブリーダー:久恒 辰博)」、およびJST CREST「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」課題中「歯状回ニューロン新生を組み込んだ機械学習回路モデルの構築(分担研究者:久恒 辰博)」など多数の公的な支援を受けて行われました。
用語解説
(注1) 実行機能:複雑な課題を遂行するための脳機能のひとつ。情報の更新を行うことで、行動を制御して環境変化に応じた柔軟な対応を可能にする脳の大切な機能。その神経基盤はヒトの知性にも関わる前頭前野にあると考えられてきた。実行機能の中でも反応の抑制、作業記憶、認知的柔軟性の3つが、中核機能であり、マウスにおいてもこの3機能は備わっている。
(注2) 前頭前野:ヒトにおいてとくに発達をした脳の領域。脳の前部に位置する大脳新皮質のことを指す。
(注3) 海馬:記憶を司る脳の領域。その形がタツノオトシゴ(海馬)に似ていることからこの名がある。
(注4) 新生ニューロン:新しく生まれたニューロン(神経細胞)のことを指す。哺乳動物においては、成体になっても海馬の中の一部位である歯状回に新生ニューロンが存在している。
(注5) 局所回路:数個のニューロンからなる神経回路。ここでは、新生ニューロンや近傍の抑制性ニューロンを含む歯状回部位のローカルな神経回路を指している。
(注6) モデルマウス(NBN-TeTX):薬剤の投与(タモキシフェン注射)によりシナプス機能を阻害する破傷風毒素の発現を誘導し、新生ニューロンに限って神経伝達物質の放出を阻害することで、新生ニューロンに対して特異的な機能阻害を実現した。
(注7) 逆転学習fMRI装置:東京大学大学院新領域創成科学研究科に設置されている14テスラ-MRI装置に、特製のマウス用逆転学習器具を組み込むことで、独自に開発した装置。
(注8) BOLD信号値:MRI装置によって取得されるfMRI画像中の値。神経活動に関連して脳血流中の酸素分子の状態が変化することによって信号値が上昇する。
(注9) 静止期fMRI解析:OISTに設置された11.7テスラ-MRI装置を用いて、(覚醒はしていない)麻酔下のマウスから静止状態の脳活動を6分間で200回収集し、画像解析に供した。
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