発火する神経細胞
脳神経細胞は、上流の神経細胞から下流の神経細胞へ神経インパルスを「発火」することによって情報を伝達します。これらのスパイクはスパイクトレインと呼ばれ、通常数十から数百の頻度で不規則に生じ、1秒間に数スパイクから百スパイクほどの頻度で起こります。神経科学の分野で長期にわたり議論を醸し出している重要な課題は、神経細胞が情報をどのように記号化しているのかということです。スパイクの発火頻度により情報を伝達しているのか、あるいは、神経細胞から入力されるスパイクのタイミングが、出力されるスパイクのタイミングよりも重要なのかが論点です。この課題を別の角度から見れば、その神経細胞に特定の出力が与えられた場合、どのようにして、神経細胞に何が入力されなければならないのかを推測することができるのかという疑問が生じます。この研究に新たな貢献を果たす成果として、OISTのホン・ソンホ研究員とエリック・デ・シュッター研究員の研究結果が、1月に米科学誌 ジャーナル・オブ・ニューロサイエンスに掲載されました。
発火頻度は簡単に測定できますが、神経細胞はゆっくりと発火するため、すぐに評価することは困難です。そのため、脳が発火頻度による情報を利用できる状況は、数百の神経細胞の集団がほぼ同時に発火する場合に限られます。しかし神経細胞の集団発火を考え始めると、複数の神経細胞が同時に発火することが可能であるのかという疑問が生じます。
実は2つの神経細胞の同時発火は、2つのスパイクトレインの相関関係を算出することで検出することが可能です。実際に数多くの同時発火を観察した例が、神経科学者により報告されています。しかし脳は実際この情報を利用できるのでしょうか。de la Rochaらがネイチャー誌に掲載した論文で、スパイク時間の相関関係は神経細胞の発火頻度に伴い、常に上昇するはずであると主張しています。入力の発火頻度が上昇すると、出力スパイクが入力スパイクと同時に起こる可能性(すなわち相関度)も上昇します。しかし、もしスパイク時間の相関関係が何らかの情報を伝達しているとすると、出力スパイクトレインの頻度が上昇することにより、スパイクトレインの相関関係に本来含まれている情報が必然的に歪められてしまい、大きな問題となります。実際、Rochaらは、発火頻度コーディングと相関に基づくコーディングは機構的に互いに結び付きあい、そのため発火頻度が得られている場合はスパイクの相関関係を測定してもあまり意味がないため、神経細胞は発火頻度を情報の記号化にのみ利用するということを提言しています。
OISTのホン・スンホ研究員とエリック・デ・シュッター研究員は今回、2つの入力神経細胞の同時発火に基づき、この見解は間違いではないが、普遍的ではないことを示しました。つまり、この見解が「インテグレータ」と呼ばれる事実上レートコーディングにより機能するタイプの神経細胞にのみ該当し、「コインシデンスディテクター」と呼ばれる主に相関コーディングにより機能するタイプには該当しないことを突き止めたのです。コインシデンスディテクターでは、発火頻度に関係なく、入力と出力に一定の相関関係があります。ホン・ソンホ研究員は、「大変興味深い見解が得られました。個々の神経細胞の固有の性質が、集団の中で平均化されるのではなく、実は全く新しいメカニズムで現れるのです」と述べています。OISTチームはまず、神経活動のコンピュータモデルを使用し、 Rochaらが使用した数学的枠組みを拡張して、これらの違いを説明しました。そして、ピッツバーグ大学のStéphanie RattéおよびSteven Prescottとの共同研究により、刺激条件を変えれば、ラットのスライス標本中の実際の神経細胞を、インテグレータまたはコインシデンスディテクターのいずれの機序でも機能させられることを示しました。言い換えれば、脳内の神経細胞はおそらく、発火レートコーディングと相関コーディングの両方を利用していると考えられます。発火レートコーディングでは、集団ではなく個々の神経細胞の役割が重視され、その神経細胞をいかに迅速に発火するかに重点が置かれ、相関コーディングでは、2つの神経細胞の同時発火の近接さによって、情報を記号化します。どちらが重要であるかは、神経細胞のタイプや神経細胞が受ける入力情報のタイプによって異なります。