二酸化炭素に新たな用途を付加するマンガン触媒の誕生

豊富な天然資源、マンガンを材料とした触媒をOISTの研究チームが開発しました。二酸化炭素を利用したエネルギー貯蔵技術や産業界への応用が期待されます。

   二酸化炭素は温室効果ガスの一つとして知られ、気候変動の一要因です。これまで、科学者たちは大気中への二酸化炭素の排出を抑える方法を模索してきました。しかしここ数年、安価で手軽に手に入り、無害な炭素源である二酸化炭素を、優れた商品や付加価値製品へと変換する取組みが進められています。

   例えば、二酸化炭素を水素ガスと反応させれば、エネルギー貯蔵技術に欠かせない生成物を作ることができます。これは水素化と呼ばれるもので、二酸化炭素と水素ガスを反応させた混合物をメタノールなどの高エネルギーの液体化合物に変換させるプロセスです。こうすることにより、運搬が容易となり、自動車の燃料としても利用できるようになります。同様に、二酸化炭素の水素化反応に他の化学物質を加えることにより、ギ酸やホルムアミド、ホルムアルデヒドといった化学業界で広く使用されている価値ある化合物を得ることができます。これらの化合物もエネルギー貯蔵技術に役立つ可能性を有しています。例えば、一定の条件下で加熱したギ酸は、水素ガスの放出を可逆的に制御することができます。

   しかし、二酸化炭素を有用品に変換することは容易ではありません。なぜなら、二酸化炭素は炭素が最も酸化された、非常に安定した特性を持つがゆえに化学反応を起こすのが困難な分子です。そのため、水素と直接反応を起こさせるには高エネルギーが必要となり、コストがかかります。しかし、この問題は触媒を使うことで解決することができます。二酸化炭素の水素化には、一般的にイリジウムやロジウム、ルテニウムといった貴金属を材料とした触媒が使用されており、これらの触媒を少量加えることにより化学反応を加速させることができます。これらの金属は非常に優れた触媒効果を発揮しますが、その希少性から産業規模での使用は困難とされています。さらに貴金属は再利用が難しく、環境にも悪影響を及ぼす可能性があります。鉄やコバルトといった比較的安価な金属を用いた触媒もありますが、周囲をホスフィンと呼ばれるリン系分子で囲む必要があります。ホスフィンは酸素が存在する環境では安定性が保てず、空気中で激しく燃焼することがあります。これもまた実用化を阻む問題点の一つです。

 

二酸化炭素を水素化するマンガン触媒を開発したOIST錯体化学・触媒ユニットのメンバー(パソコン画面に表示されているのがマンガン触媒の構造)。アビシェク・デュベイ博士(左)、ロバート・ファジュリン(Robert Fayzullin)博士(右後)、ジュリア・クスヌディノワ准教授(前方)。

   これらの問題を解消するため、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の錯体化学・触媒ユニットを主宰するジュリア・クスヌディノワ准教授らは、安価で資源量が豊富なマンガンを利用した高機能性の新規触媒を開発しました。この成果は、米国化学会の学術誌 ACS Catalysis で発表されました。マンガンは地殻中に豊富に存在し、その埋蔵量はチタンと鉄に続いて3番目に多く、その有害性は二酸化炭素の水素化に使用されている他の金属と比べてはるかに低いのが特徴です。

   研究チームはまず、自然界から発想を得ようと考えました。水素化は貴金属やホスフィンに接触することがない多くの生物の体内で生じる化学反応の一つです。資源量が豊富で、シンプルな天然資源を使っておこなわれる生体内の水素化の仕組みを解明しようと、研究チームはヒドロゲナーゼという特定の酵素の構造を観察しました。酵素は、外側の有機骨格を鉄のような金属原子と相互作用させて「スマート」配列をおこない、化学反応を効率的に引き起こします。

 

自然界に見られる鉄ヒドロゲナーゼの構造。 研究チームは自然界の酵素が持つ優れた構造に触発されて、マンガン触媒の機能的な人工的な骨格をデザインした。挿入図は、同チームが提案した水素の活性化を担う部分の化学構造を示している。

   「ヒドロゲナーゼを観察したあと、鉄やマンガンといった一般的な材料を使って酵素を模倣した人工分子を作製できるかどうか調べたいと思いました」と、本論文筆頭著者のOISTのアビシェク・デュベイ博士は言います。

   今回の研究における最大の課題は、水素化反応を誘導するしっかりとした骨格(リガンド)をマンガン周囲に構築することでした。研究チームは、典型的なホスフィン触媒の一部を組み合わせて天然のヒドロゲナーゼと類似した驚くほどシンプルなリガンド構造を作ることに成功しました。

   デュベイ博士は、「ほとんどの場合、リガンドは反応中に化学結合を活性化させることはせず、金属を支えるだけです。しかし私たちの触媒はリガンドが直接、化学反応に関わっていると考えています」と説明します。

 

今回発表されたマンガン触媒の結晶構造。 骨格(リガンド)の中央に位置するマンガン原子(紫)が二酸化炭素の水素化反応を促進。

   リガンドの設計については、リガンドの構造自体がその機能性と大きく関わっています。リガンドとマンガンを組み合わせた新規触媒の水素化反応における代謝回転数(酵素がどれだけの数の基質分子を生成物に変換できるかを表す数)は6000回以上という高性能を有しています。つまり、触媒が活性化機能を失うまでに6000個以上の二酸化炭素分子を生成物に変換できることを意味しています。今回の研究は、イタリア・トリノ大学のカルロ・ネルヴィ(Carlo Nervi)教授とルカ・メンチーニ(Luca Nencini)氏、ロシアのロバート・ファジュリン(Robert Fayzullin)博士から構成される国際研究チームとの共同でおこなわれました。今回開発したこの触媒は、複雑な生成工程を必要とせず、空気中でも扱えるというメリットがあります。.

   現時点での新触媒の用途は、二酸化炭素を、食品防腐剤やなめし剤として汎用されているギ酸や、工業用途として利用されているホルムアミドに変換することです。今後はさらにこの用途が拡大していくことが期待されます。

   「私たちの次なる目標は、安価でシンプルな構造を有したマンガン触媒を利用して、新たな化学反応を起こすことです。二酸化炭素と水素を反応させて、有用な有機化学品の生成を目指しています。」と、クスヌディノワ准教授は期待をにじませました。

専門分野

広報・取材に関するお問い合わせ
報道関係者専用問い合わせフォーム

シェア: